2021.11.02公開
追悼・杉本沙織さん「沙織さんとの思い出」

 2021年10月21日、声優の杉本沙織さんが亡くなられました(享年58)。近年は新規で演じるキャラクターは少なかったものの、『しまじろう』らむりんおよびにゃっきい、サンリオのポムポムプリン(非公表)、『忍たま乱太郎』山村喜三太など、子どもの声をメインに国民的と言われる長寿作品で長くレギュラーを務めるベテラン声優さんでした。自分はそんな杉本沙織さんの長年のファンでした。その長年に亘る思い出をありったけ綴ることで故人を偲びたいと思います。



 自分が杉本沙織さんのことを知ったのは、ゲーム『銀河お嬢様伝説ユナ』の海のマリナ、『卒業II』の谷由利佳あたりが初めてだったと思います。当時の芸名は鈴木砂織さんでした。しかしその時点では知ってる声優さんの一人でしかなく、特別な感情はありませんでした。
 そんな中、1996年に発売されたPC-FX『ブルーブレイカー』が転機を迎えます。この作品は今もファンアートを描いてるくらいなのでご存知かもしれませんが、思春期の自分に大きな影響を与えました。沙織さんはマヤというキャラクターを演じていたのですが、自分はこのマヤが特に好きでした。そこで初めて、鈴木砂織さんという声優を意識するようになりました。

 それからまた4年ほどが経ち、インターネットが一般家庭にも普及し始めました。リアルタイムでは身近に同好の士がいなかったので初めてファン同士が出会って盛り上がるという楽しみを覚え、『ブルーブレイカー』のファンコミュニティに出入りするようになりました。
 その流れで鈴木砂織さんのサイト『ここで会えるよ♪』の存在を知りました。当時はWikipediaはおろか事務所等が作るオフィシャルサイトというものさえほとんどなく、本人の手で作成された個人のホームページでした。確か、世に存在する出演情報のデータベースが不完全だったため、誰よりも覚えている自分の手でちゃんとしたものを作ろうという動機で立ち上げられたと記憶しています。
 そこで出演作品およびキャラクターについて一つ一つ詳しく言及しており、それぞれに対する思い入れを深く感じられました。『ブルーブレイカー』に関しては、元気系の役が多い中で大人しいキャラクターを演じるのは珍しく、特に印象に残ったとのことでした。声優さんもプロの仕事として受けているので、必ずしもすべての作品を愛している訳ではないのは責められませんが、やはりその作品のファンからすれば寂しい気持ちになったりするものです。それだけに、自分の好きな『ブルーブレイカー』を向こうも好きだと知った時にはとても嬉しく、親近感が湧いたものでした。

 『ここで会えるよ♪』はその名の通り沙織さん自身とのコミュニケーションができる場所で、声優さんとこうして直接会話ができるというのは画期的だったと思います。コンテンツが充実してる他、日替わりの一言メッセージを更新しており、アクセスするのが楽しみでした。ホームページの更新作業は今のように手軽ではなかったので、更新頻度の高いサイトというのはすごく貴重な存在だったのです。結構な盛況だったようで、内容は忘れてしまいましたが自分も掲示板に何度か書き込みをした覚えがあります。何より、沙織さんの書かれる文体がとても柔らかく心地の良いものでした。

 2003年に結婚後の本名である杉本沙織さんに改名し、サイトの方も手打ちの日記ページからブログに場が移りましたが、本当にマメな方で年間300日以上は更新していたと思います。そして、ブログに書かれた日記を通じて沙織さんの色んな考えや物事の捉え方を知ることができました。「ぼけぼけ」を自称するくらい天然っぽい面があるところ、一方でこだわりが強く頑固で、それゆえに周囲からは変わり者とされたりすること。自分も変わり者とされる側の人間なのもあってか、それらには度々大きく共感したりハッとさせられたりしました。長らくの影響を受けてこうなったのか、元々似たところがあったから惹かれたのかはもはやわかりませんが。

 他にも色んなことがブログには書かれていました。声優をルックス面で評価するサイトに低い点を付けられ憤慨したこと。「キャラクターは好きだけど声優自身に興味はないんで」と言われてしまったこと。若手の頃にキャラクターが来ると思っていた園児にガッカリされたこと。そうした経験からあくまでも声優業を裏方の職人としてやっていこうと決めたこと。その一方で、キャラクターとして歌うのではない杉本沙織という自分自身の表現も追求している最中であること。

 2010年11月。ブログにひっそりと「人前に出ることにしました。興味のある方はメールをください」という記述が。 こんな機会はまたとないと思いメールを送りましたところ、改めて日時と場所が書かれた返事。一体どういうイベントなのかもわからず会場のホールへ行ってみますと、そこは堀江美都子さんが主催するシンガーズ・ラボの生徒発表会でした。
 生徒さんが次々と歌っていくのですが、さすがアニメ歌手に師事してるだけあってアニメソングばかり。普通の発表会より面白いなと思いながら沙織さんの番が来るのを待っていました。
 ところがここで問題が。そもそも自分は宣材写真を何度か拝見したことがある程度で、沙織さんの顔をよく知らないのです。直前にメールを送った手前挨拶くらいはしたいものの、そのためにはここで顔と服装を覚えておかなければなりません。逆にできなかったらせっかくの機会を逃してしまうことになります。
 そして全体の真ん中くらいで沙織さんの出番。子どもの役を演じるためにと日頃から大人びた服装は避けているそうで、小柄な体格もあってかわいらしい印象の方でした。曲は『風の谷のナウシカ』。声優さんだけあってもちろん声は素晴らしく、それでいてキャラクターを演じてる時の弾むような声とは違い、素朴で染み入る歌声でした。歌を聞き逃すまいとしてる上にステージ上の姿も記憶しようとしているので、この時は本当に人生屈指の集中力を発揮しました。

 終演後、ロビーで無事に姿を見つけることができ、結構長い時間話すことができました。14年前に『ブルーブレイカー』がきっかけであったことや、それからもずっとブログを読ませてもらっていたこと、長らくサイト越しだったので直接会うことができて嬉しいなど、積年の気持ちを伝えたりしました。
 そして帰る段になったのですが、実は緊張と舞い上がりのあまり腰が抜けてしまってました。それでもこの場を離れない訳にはいかないので、足元がフワフワしてまともに歩けないまま駅に向かい、さらに小雨まで降りだしたのでその状態で急ぐ羽目になり、ひどく不格好な歩様で帰ったのでした。
 ファンであることは自覚していましたが、直接会ったら腰を抜かしてしまうほどの熱意だったとは自分でもビックリしてしまい、以降改めて本格的にファンであろうと決意したのがこの時でした。

 そして後日にやったことは、通販の申し込み。実はホームページ上にて『take asta(テイクアスタ)』という名義での自作曲のCDを売っており、そのことは当然知ってはいたんですが、そこまで熱心なファンでもないしなあと今まで何年間も見送っていました。しかしこうなると事情が違います。俄然欲しくなりすぐさまメール。
 キャラクターを演じてプロの制作したCDは全国に流通していますが、一から自分でやってみたいというこだわりのもと、自分で作詞作曲をし、自分自身として歌い、自分自身でCDを焼いてジャケットも印刷して発送もするという、完全手作り工程の通称「職人さんCD」。ジャケットに「○○さんへ」と自分の名前が印刷されており、直筆で書かれるのとはまた違う特別感が嬉しかったです(それとは別に直筆のサインも同封されていました)。 曲の方も『しまじろう』らむりんや『ファーストKiss☆物語』春日野美穂など、過去に演じたキャラクターをテーマにしたイメージソングで、キャラクターに語り掛けるような声、さらには普段の役では出さないような大人の声で歌う曲などもあり、改めて声優さんの声の力というものを感じさせました。
 ですが話はこれだけでは終わりませんでした。後日再びポストに郵便があり、「送料が多かったのでお返しします」という手紙と共に30円分の切手が同封されていました。30円くらい取られても全然気にしないところですし、そもそもこれを送る料金が発生してるので逆に損させていると恐縮しきり。なんという丁寧な人なんだとまた一段とファンになってしまいました。

 そういう流れを受けて一年後の11月1日、『絶対無敵ライジンオー』(1991)で共演された、声優で歌手活動もされているまるたまりさんに誘われる形で、ついに沙織さんはライブデビューをする運びとなりました。二人の演じた役にちなみ『こうじとれいこの同窓会』と銘打たれ、沙織さんはまるたさんとのデュエットなどを披露しました。ここに至るまでの過程が感慨深く、「今日という日の記念に」と色紙にサインをしていただきました。

 こうして少しずつ自分自身の表現に自信を深めていった沙織さんは、翌2月24日、take astaとしての初ライブを行うことになります(イベント的にはツーマン)。 事務所が関係していない内輪のイベントだったのでお客さんも身内の方ばかりだったのですが、要するに自分以外みんな声優さんという特異過ぎるシチュエーション。顔のわかる方はもちろんのこと、聞こえてくる会話の内容から「この人は○○さんだ」って知ってる名前が次々に飛び出して、なんというかすごい経験をしました。
 そんなクローズド感のある場ということもあり、みんなが温かい目で見守るようなステージで、ステージ上のドジやちょっと「?」となる曲説明に笑いが起きたり、絵本の朗読など盛りだくさんの1時間のステージでした。

 また、これに前後して、『しまじろう』の番組が4月より改題と共にリニューアルして、沙織さんが20年間演じていたメインキャラのらむりんがお別れしてしまうという発表がありました。これには自分もショックを受け、まして当事者の思いはいかばかりかという中でのライブ開催でした。それはこの場所に集まった皆の気持ちであり、らむりんを想って作ったオリジナル曲『evergreen』を歌う時には客席からすすり泣く声も聞こえました。

 『しまじろうヘソカ』最終回でらむりんが外国へ行ってしまい、4月から新番組の『しまじろうのわお!』が始まりました。そして新しいメインキャラクター・にゃっきいが登場しましたが、その声も引き続き杉本沙織さんが務めるということでした。この事実はオンエアされるまで公式発表でも沙織さんのブログでも伏せられていたのですが、不思議と自分には何となく予感めいたものがありました。ともあれ、沙織さんが引き続きファミリーの一員であることにホッとしたものです。

 それからすぐ後の4月21日、3度目のライブ。今回はまるたまりさんのバースデーライブに、同じく『ライジンオー』で共演した摩味さんとゲストとして出演される形で、実質的なライジンオーイベントでした。長年のライジンオーファンの方々も集まり、さらには当時のスタッフや声優仲間も駆けつけて、往年のキャラクターソングたちを生バンドの演奏で次々と披露。これまた自分はライジンオーを観てないんですけど、『ドリームシフト』は本当に格好良く一気に好きになりました。その他、沙織さんと摩味さんは共に『ちびまる子ちゃん』に出演されてるということで『おどるポンポコリン』を歌ったりもされました。摩味さんのお子さんが自分の後ろの席にいらしてたのですが、客席の盛り上がり様に「ママって凄かったんだね」って言ってるのがすごく微笑ましかったです。

 ほどなくして、自分は個人的な事情により故郷の熊本に帰ることになりました。それでもまたこういう機会があれば、その時はいつでも都合つけて遠方から駆け付けたいと思っていましたが、結局4度目のライブが開かれることはありませんでした。どちらかというと顔出しを一通り経験してみて満足したことで、改めて裏方としての声優業に専念しようという気持ちになったのかな、と自分は感じました。今時の声優さんは顔出しをしてもはやステージに立つのも前提とさえなっているが、一人くらいこういう声優がいてもいいだろう、なんてことも仰ってました。
 とはいえブログを通じての発信は続いてましたし、相変わらずマメな更新頻度で楽しませてもらっていました。

 それからまた時が流れ2016年4月初め、別の用事で東京に行くことがあったのですが、京王渋谷駅でポムポムプリンのイベントをやってるということが沙織さんのブログに書かれており、ちょうどそこを通過した時に思い出したので下車して写真を撮ったりしました。
 こうした報告があると喜ぶんだよなと思い「今は熊本に住んでるんですが、ブログに書いてくれてたおかげで立ち寄れました。ありがとうございます」みたいなメッセージを送りました。それが4月14日のお昼のことでした。

 その夜、熊本で最大震度7の地震が発生。 我が家はひとまず無事だったのですが、二日後に本震が起こるなど余震への恐怖から以後しばらく避難場所の小学校で寝泊まりをすることになりました。
 あまりにちょうどのタイミングだったため、その日のブログに自分のことを紹介した上で心配する旨を書いてくれていましたが、精神状態が大きく揺れ動き心細かった中で、それはどれだけの励みになったかわかりません。しかし同時に、こんなにも心配をかけてしまって申し訳ないとも思いました。すぐさま無事であることは伝えましたが、実際のところあまり大丈夫とも言えなかったので冷静な文章を書けなかったのが今も悔やまれます。

 そんな折、沙織さんは2017年に過去ログと共にブログを閉じてしまいました。SNSも一切やらないという主義だったため、プライベートでの親交などもない一介のファンとしては何の接点も持てなくなってしまいましたし、沙織さんの言葉を聞けなくなったのは本当に寂しい気持ちになりました。今思うとこの時には体調を崩されていたのでしょうか。
 それでも今までがそうであったように、こちらが陰ながら応援をすることで、遠く離れているけれどお互いに繋がりを感じられる間柄であればいいな、と思っていました。『しまじろう』のテレビ放送や映画を観たり、ポムポムプリンの声を聴けるアプリやグッズを手に入れたり、沙織さんの代表作とも言われている2002年のゲーム『グリーングリーン』の美南早苗にも遅ればせながら触れていたく感動したり、今まで買わなかったドラマCDの類も買い漁ったりしました。

 その後に病気で休養され、その間に長らく演じていたキャラクターたちが次々と代役になっていった時も、病状がわからないのでとにかく心配をするばかりでしかありませんでした。こればかりは仕方のないこととはいえ、一ファンは所詮無力なのだなあと思わされました。
 そんな状態が半年以上続いてから、『しまじろう』の新作映画で沙織さんの名前がクレジットされていました。その映画では番外的にらむりんが登場するという演出があり(台詞はなし)、キャストの交代をせず復帰を待っていたスタッフの粋な計らいと、そのシーンに出会った時の沙織さんの心境を思って思わず映画館で涙しました。

 休養を機に降板してしまった役もあるものの、二大メインキャラクターであるにゃっきいとポムポムプリンは引き続き沙織さんが声を当てており、今年に入りポムポムプリンは25周年を迎え、記念の動画などで声を聴ける機会が増えていました。しまじろうも今の番組になって10年目ということで節目の年として色々な動きがありましたし、また同じく『ブルーブレイカー』も発売から25周年となり、公式の動きはないものの自分や仲間の間で盛り上がっていました。さらには沙織さん自身がライブを行ってからも10年になるので本当にメモリアルイヤーです。それらの気持ちを伝えるためにいつかファンレターを書こう。そんなことを思っていた矢先の突然の訃報でした。

 沙織さんは表に出ないためファンの人と会うのは稀だと言い、そんな数少ない一人である自分は向こうにとって少しでも嬉しい存在としていられただろうか、今ではそんなことが頭をよぎります。「声を出していない時はただの人」なんてことも言っていましたが、自分は杉本沙織さんという人物の優しさや芯の強さが本当に好きでした。これから新たにそのお声を聴くことは叶いませんが、今まで命を吹き込んだキャラクターたちは皆の心の中で確かに生き続ける、それが声優さんという仕事の偉大さなんだと思います。杉本沙織さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。